撤退基準を決めておく——「やめる」を経営に組み込む
新規事業を始めるとき、あるいは新しい店舗を出すとき。多くの会社が、開始の条件は綿密に検討します。ところが、やめる条件を決めている会社は驚くほど少ないのです。
その結果、赤字が続いても「もう少し様子を見よう」が繰り返され、気がつけば本業の体力まで削られている。今日は、撤退基準を先に決めておくという話をします。
撤退基準を決めることは、悲観することではありません。むしろ、思い切って挑戦するための安全装置です。損切りの線が引いてあるから、大胆に踏み込めます。
なぜ、やめる判断は遅れるのか
理由は明確です。人間の判断には、次のような偏りが働くからです。
- 投じた費用が惜しくなる:すでに使ったお金は戻らないのに、それを理由に続けてしまう
- 自分の判断を否定したくない:始めると決めたのは自分だ、という意識が働く
- 関わる人の顔が浮かぶ:担当者の努力を無にしたくない
これらは人として自然な感情です。だからこそ、感情が動く前に、冷静な状態で基準を決めておく必要があります。
撤退基準に入れる3つの要素
基準は、次の3点で構成します。
① 数値の線
「累積赤字が○百万円に達したら」「開始から2年で単月黒字にならなければ」といった、誰が見ても判定できる線を引きます。曖昧な表現は避けてください。
② 判定する時期
いつ判定するかを、あらかじめカレンダーに入れます。「四半期ごと」「1年後の○月の役員会」など、具体的に。
③ 判定する人
誰が最終判断するかを決めます。担当者本人だけに判断させないことが重要です。
「撤退」以外の選択肢も用意する
基準に触れたときの選択肢は、続けるか、やめるかの二択ではありません。次のような中間案も、あらかじめ用意しておきます。
- 縮小:投入する人員や広告費を半分にして継続する
- 転換:ターゲットや売り方を変えて、もう一度試す
- 売却・譲渡:他社に引き継いでもらう
- 凍結:資産だけ残し、活動を止める
選択肢が複数あると、判定の場が「処刑の場」でなくなります。担当者が正直に数字を報告しやすくなるという効果もあります。
既存事業にも基準は要る
撤退基準は、新規事業だけの話ではありません。長年続けている事業や取引先にも、同じ考え方が使えます。
- 粗利率が○%を下回る取引は、条件見直しを申し入れる
- 2年連続で赤字の部門は、事業構造の抜本的見直しを行う
- 売上構成比が○%を下回った商品は、取り扱いを再検討する
特に取引先については、「断る基準」を持っている会社は強いと感じます。すべての仕事を受けなければならない、という前提を外すと、価格交渉の姿勢も変わります。
やめると決めたときの進め方
撤退を決めた後の進め方も、あらかじめ考えておきましょう。
- 顧客・取引先への説明と、引き継ぎ先の紹介
- 担当していた社員の配置転換(処遇を下げないこと)
- 設備・在庫の処分方法
- 撤退の理由と学びを、社内で共有する
最後の項目を飛ばさないでください。失敗を検証しない会社は、同じ失敗を繰り返します。逆に、検証する文化がある会社では、次の挑戦のハードルが下がります。
おわりに
「やめる」を経営に組み込むことは、後ろ向きな話ではありません。限られた資源を、伸びるところに集中させるための技術です。
今動いている事業に、撤退の線は引かれているでしょうか。一度、確認してみてください。