経営者に寄り添う、ということの本当の意味
「経営者に寄り添う」──支援を仕事にする人間なら、誰もが口にする言葉です。私自身も使います。ただ、この言葉は便利すぎて、中身が曖昧なまま使われがちだと感じています。
今日は少し立ち止まって、寄り添うとは何なのかを、何ではないかから考えてみます。
寄り添うことは、同意することではありません。そして、代わりに決めることでもありません。この2つの誤解を外したところに、本当の伴走があります。
同意することではない
経営者は、日々孤独な判断を重ねています。だからこそ、話を聞いて「その通りですね」と言ってくれる相手は、心地よいものです。
ですが、それだけの存在なら、外部の専門家である必要はありません。お金を払っていただく以上、違う景色を提示する責任があります。
私は、経営者の考えと違う見立てを持ったときは、必ずお伝えするようにしています。伝え方には気を配りますが、伝えないという選択はしません。同意しないことは、否定することとは違うからです。
代わりに決めることでもない
もう一方の極が、決めてあげることです。「どうすればいいですか」と問われて、「こうすべきです」と答える。一見、頼りがいがあるように見えます。
ですが、経営判断の結果を引き受けるのは、常に経営者です。結果を引き受けない人間が決めるのは、無責任です。
私にできるのは、判断の材料をそろえること、選択肢を増やすこと、そして選んだ後に一緒に走ることまでです。決めるのは経営者。この線は、外してはいけないと考えています。
では、何をするのか
寄り添うことの実体は、もっと地味なところにあると思っています。
① 同じ景色を見ようとすること
工場の音、朝礼の空気、社員の表情。数字だけでは分からないことが、現場にはあります。訪問を重ねる理由は、ここにあります。
② 言葉になっていないものを、言葉にすること
経営者の中に既にある考えを、外に出す手伝いをする。話しているうちに整理がついた、という場面がしばしばあります。それでいいのだと思っています。
③ 迷いを、迷いのまま扱うこと
すぐに答えを出さないほうがよい問いもあります。事業承継や、長年の取引先との関係など、感情が絡む問題では特にそうです。急かさずに、しかし忘れずに、時期が来たら再び持ち出す。この距離感が大事だと感じています。
成果が出ないときこそ
支援が常にうまくいくわけではありません。打ち手が空振りすることも、環境が急変することもあります。
そういうときに、どういう態度を取るか。ここに、寄り添うという言葉の真価が問われると思っています。うまくいっているときだけ隣にいるのは、伴走ではありません。
前職での経験から
私は前職で、大手企業の業務改革に長く携わりました。そこで痛感したのは、正しい提案が必ずしも実行されるわけではない、ということです。
実行を左右するのは、提案の正しさより、実行する人がその案を自分のものだと思えているかでした。中小企業の支援に移った今も、この学びが軸になっています。
おわりに
寄り添うとは、優しくすることではなく、逃げないことなのだと思います。言いにくいことを言い、うまくいかない時期にも席を外さない。その積み重ねの先に、信頼があるのだと考えています。
そういう相手をお探しでしたら、一度お話ししましょう。